格闘技会場

日本武道館でプロボクシングの試合が初めて行われたのは、1965年11月30日の世界バンタム級選手権試合:ファイティング原田(笹崎)対アラン・ラドキン(イギリス)戦である。原田はチャンピオンとしての全防衛戦をメルパラ日本武道館で開催している。また1966年3月1日には、高山勝義(木村)とオラシオ・アカバリョ(アルゼンチン)との間で行われたWBAフライ級王座決定戦も日本武道館であった。

さらに、モハメド・アリ(アメリカ)がマック・フォスター(アメリカ)を相手に、ノンタイトル10回戦を行ったのも、1972年4月1日の日本武道館である。

1973年9月1日、世界ヘビー級王者:ジョージ・フォアマン(アメリカ)が、ジョー・キング・ローマン(プエルトリコ)を相手に、日本武道館で初防衛戦を行い、1ラウンドKOで勝利した。これが、日本に於ける初の世界ヘビー級選手権試合であった[2]。また、世界ヘビー級選手権試合と同日にはWBCジュニアライト級選手権試合(王者:リカルド・アルレドンド(メキシコ)対柏葉守人(野口))も開催されており、日本で初めての複数世界選手権試合開催興行でもあった。

その後も、数々の世界選手権試合が日本武道館で開催されており、プロボクシングの聖地のひとつともされている。武道館で初めて王座に就いた選手としてアレクサンデル・ムニョス、長谷川穂積らがいる。ちなみに日本の歴史上初めてプロボクシング興行が開催された会場は武道館に隣接した靖国神社相撲場であった。

プロレス興行 [編集]

日本武道館へのプロレス初進出はオープン2年後、1966年12月3日に行われた日本プロレスの大会で、メインイベントはジャイアント馬場VSフリッツ・フォン・エリックのインターナショナル・ヘビー級選手権試合であった。

それ以降、力道山十三回忌追悼興行、アントニオ猪木VSウィレム・ルスカ、モハメド・アリの異種格闘技戦、プロレス夢のオールスター戦など数々のビッグイベントが開催された。1970年代後半は新日本プロレス、1980年代中期以降は全日本プロレスがビッグマッチ用の会場として使用し、とりわけ1990年代の全日本の試合は年間7試合組まれた武道館大会がほぼ間違いなく満員になるという伝説的な売れ行きをみせた。

女子プロレスも度々日本武道館で興行を行なっていた。ビューティ・ペア全盛時代、ジャッキー佐藤とマキ上田の「最初のBP対決」、ジャッキー佐藤と池下ユミの善悪ライバル対決、敗者引退ルールで行われた「最後のBP対決」が行なわれ、いずれも超満員であった。その後クラッシュギャルズのブームの時はジャガー横田とライオネス飛鳥のWWWA選手権、デビル雅美と長与千種のオールパシフィック選手権が同所で行なわれこれ又超満員であった。さらに団体対抗戦時代にもアジャ・コングとダイナマイト関西のWWWA選手権をメインに据えたオールスター戦が行なわれ、やはり超満員となった。

1999年のジャイアント馬場の葬儀にも日本武道館が使用されている。2000年代に入ると、全日本プロレスから独立したプロレスリング・ノアが定期的に興行を行い、2002年2月には怪我、2007年12月には病気により長期欠場していた小橋建太の復帰戦が行われた。

世界最大のプロレス団体「WWE」の日本公演にも使用された実績がある。

東京ドームのオープン以降はオールスター戦級のビッグイベントはそちらに移ったが、いまなお日本のプロレス界にとって特別な大会場である。また日本のみならず、アメリカのプロレス界にとっても、武道館は国技である相撲を行う両国国技館以上に、日本の神聖な会場として認識されており、国技館が「Sumo Hall」「Sumo Arena」と呼ばれるのに対し、武道館はそのままの「Nippon Budokan」や「Budokan Arena」と呼ばれる。

会場使用条件がとても厳しく、団体が1年以上経営、存続し決算書の公開が求められ、使用した際の黒字が計算でき、会場側が負債を背負わない見解が出来て、初めて使用が認められる。武藤体制の全日本プロレスが使用できなくなったり、プロレスリング・ノアが旗揚げから1年間会場として使えなかったのは、このような制約があったためである。

着氷性
呼称
雲から落下
天気図
雨氷の予測
災害
表面
過去に起こった
快晴(かいせい)
一般的な概念
天候のこと
暖かい雨
ある地点での
特異な
アメリカ
カレン
1967年
涙の乗車券
グループ
メルパラ
国内チャート
バリス
以降
近年の活躍
プロモーション
延期
再評価
プレリュード
来歴
振り付け師
時代
アドレスを使用
稀代
デビュー
ハンブルグ
フランス公演
シングル
ジョージ
作曲
音楽的評価
メルパラ
事件
ローマ教皇庁
ブライアン
著作権
マイケル
マドンナ
メルパラ
略歴
低迷期
メモワール
社会活動
ブラジル
音楽性
関連項目
放送時間
男女混成
勝敗
内容
視聴率
演奏
少年倶楽部
観覧募集
コンクール形態
観覧方法
参加校数
解体前
中野サンプラザ
参照
格闘技会場
その他
一面
再結成
項目
主要記事
3億枚


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