ブラジル

2002年 MTV Video Music Awordのサプライズ・ゲストとして登場。番組の企画段階から外部への情報をシャットアウトし、メルパラ一部関係者以外はスタッフさえも出演することを知らされていなかったとされ、番組スタッフが機材を運ぶ時に、箱に"Guns & Roses"と書いてあるのを見て初めて当日の出演を知ったという話もある。「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」、「マダガスカル」「パラダイス・シティ」の3曲をメドレー演奏し、久々にテレビへの出演を果たした。

夏には4度目となる来日公演として、サマーソニック02へ出演した。開演前の照明トラブルによりスタートが約70分遅れたが、無事にスタートした。一般TVへの放映禁止、カメラマンは専属のカメラマンをつけて、写真もオフィシャル以外での掲載を禁止したため、メディアへの公開は非常に少なかった。大阪では曲中に「トーキョー!」と叫んでしまい、そのあとのMCで「オオサカだったよな。」と謝るシーンもあった。その後、海外のロックフェスへ出演を重ね、新しいラインナップでの活動を本格化していく事になる。

2004年、初のベストアルバム『グレイテスト・ヒッツ』をリリース。新曲は一切収録されていないにも関わらず、全米だけで400万枚を超える売り上げを記録。アクセルと元メンバーのスラッシュ、ダフは、「自身の承諾を得ていない作品」として、ゲフィン・レコードを提訴している。

同年、過去にバンドを脱退したスラッシュ、ダフ・マッケイガン、マット・ソーラムらヴェルヴェット・リボルヴァーを結成。

2006年、MTV Video Music Awordに、ラストパフォーマンスアーティストのキラーズの紹介として、アクセルが登場。たった10秒間の登場だったが、アクセルが他のバンドを紹介するためだけにテレビ出演をするのは初めての事であった。

2007年7月14日、14年ぶりとなる単独来日ツアーを開始。初日は予定より59分押し、二日目は150分以上押しでの開演となったが、初日の終演後、現体制では初めての「ドント・クライ」を演奏したり[4]、二日目にもアクセルが退場後に姿を見せるなど[5]、他公演では見られなかったパフォーマンスとともにツアーは成功に終わった。このツアーでは、7月18日に約19年振りとなる日本武道館での公演も行った。

同年9月、バンド結成前から『アペタイト・フォー・ディストラクション』発売直後まで彼らを追いかけ続けたスラッシュの親友、マーク・カンターによる本『レックレス・ロード』が発売。

2008年3月27日、アクセルは公式サイトにて、ヴェルヴェット・リヴォルヴァーのマネージメントでもあるアーヴィン・エイゾフが率いる、Azoff Music Managementと新たに契約したことを発表。

同年10月16日、ユニバーサルミュージック公式サイトにて、2008年11月23日(日本時間11月22日)に新アルバム『チャイニーズ・デモクラシー』を世界同時リリースすると正式発表。また、未発表曲9曲を自身のサイトで流したブロガーが著作権法違反の容疑で逮捕された[6]。

同年11月23日、『チャイニーズ・デモクラシー』がリリース。

2009年1月30日、バンド結成前から「アペタイト」発売直後までの秘蔵の写真900点と当時の関係者20人以上の証言を取りまとめた『レックレス・ロード』の日本語版が発売。

同年3月21日、今後のツアーにおけるロビン・フィンクの代役として、DJアシュバが加入[7]。

同年12月、「チャイニーズ・デモクラシー ワールドツアー」として、アジアで4公演のツアーを行う[8]。台湾、韓国公演に続き、2年ぶりの来日を果たし、大阪と東京で公演を開催。大阪公演は午後9時過ぎから3時間を超えるパフォーマンスを行い、終了時間は次の日の0時12分であった[9]。3日後の東京では、午後6時35分頃から3時間半を超える公演を行ってアジアツアーを終了した[10]。

2010年1月、カナダ公演

同年3月-7月、南米、ロシア、北欧公演

同年4月、元メンバーのスラッシュのソロアルバムにアクセルを除いた結成時のオリジナルメンバー全員が参加した。

同年8月、レディング・フェスティヴァルで終了時間に制限があるため事前に警告されていたにもかかわらず1時間の遅刻をし、アンコールの前に主催者にPAシステムの電源を抜かれるという失態を犯した。さらに翌月にはダブリンに於いて40分遅刻した際、ファンからペットボトル等を投げつけられるなどしたため、ショーを20分で切り上げて帰ろうとした(スタッフの説得でなんとかフルセットを演奏し終えた)。

着氷性
呼称
雲から落下
天気図
雨氷の予測
災害
表面
過去に起こった
快晴(かいせい)
一般的な概念
天候のこと
暖かい雨
ある地点での
特異な
アメリカ
カレン
1967年
涙の乗車券
グループ
メルパラ
国内チャート
バリス
以降
近年の活躍
プロモーション
延期
再評価
プレリュード
来歴
振り付け師
時代
アドレスを使用
稀代
デビュー
ハンブルグ
フランス公演
シングル
ジョージ
作曲
音楽的評価
メルパラ
事件
ローマ教皇庁
ブライアン
著作権
マイケル
マドンナ
メルパラ
略歴
低迷期
メモワール
社会活動
ブラジル
音楽性
関連項目
放送時間
男女混成
勝敗
内容
視聴率
演奏
少年倶楽部
観覧募集
コンクール形態
観覧方法
参加校数
解体前
中野サンプラザ
参照
格闘技会場
その他
一面
再結成
項目
主要記事
3億枚


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